2018.10.03

滝沢秀明インタビュー 「ジャニーさん」と激論6時間!僕が「二刀流」を拒絶した理由

滝沢秀明インタビュー 「ジャニーさん」と激論6時間!僕が「二刀流」を拒絶した理由
芸能週刊新潮 2018年10月4日号掲載








 https://www.dailyshincho.jp/article/2018/10030800/?all=1

 

滝沢秀明インタビュー 「ジャニーさん」と激論6時間!僕が「二刀流」を拒絶した理由

芸能週刊新潮 2018年10月4日号掲載

  • 共有
  • ブックマーク

「滝沢秀明」大いに語る(1/3)

 順風満帆な芸能生活に見えただけに、衝撃が駆け巡った。この9月、36歳での「引退」を発表した、滝沢秀明。電撃の発表、そして「ジャニーズ後継者」と報じられたことから、憶測は憶測を呼び、さまざまな報道が乱れ飛んだ。渦中のタッキー本人が語る、決断の真意。

 ***

 決断は誰にも相談せず、一人で決めました。母にも事後報告です。

〈そう語る、滝沢秀明。〉

 完全に引退です。活動は年内まで。でも僕にとって、今回の決断は「終わり」じゃない。年をまたげば立場は変わり、僕の第二の人生が始まります。足を止めている時間はありません。

〈幾分肩肘張った発言に聞こえるが、それも当然、と思えるほど、彼の決断は大きなものだった。

 13歳=ジャニーズ事務所入り。20歳=「タッキー&翼」でCDデビュー。22歳=「義経」でNHK大河の史上最年少主役(当時)に抜擢。23歳=「滝沢演舞城」(滝沢歌舞伎の前身)で、新橋演舞場の最年少男性座長――と、滝沢の芸能生活は華々しく彩られてきた。

 30代も半ばを過ぎ、より成熟した活動が見られる――そう思われた時期での、突然の「引退」発表。年内で芸能活動を終え、今後は、ジャニー喜多川社長の下で、「ジャニーズJr.の育成」や、「舞台やコンサート等のプロデュース」に携わる、と宣言したのである。〉





  • 共有
  • ブックマーク

「引退」の必要はあるのか

〈ここで生まれる疑問は、「引退」までする必要があるのか、ということ。プロデュース業に挑むにしても、芸能界では歌手や役者との「二刀流」などいくらでもいるし、実際、引退時にジャニー社長自身が「本人にはプレーイングマネージャーの選択肢があることも伝えましたが」と異例のコメントもしているのだ。〉

 確かにジャニーさんからは、そうした提案をいただきました。また、ファンの方々からも、ありがたいことに、「もう一度考え直してほしい」とのご意見をいただきました。

 そもそも、今回の決断のキッカケは、「タッキー&翼」の解散です。昨年から活動休止という形を取らせていただきましたが、その後も翼の体調は優れず、この9月で1年間もファンの皆さんを待たせていることになる。ここで僕たちなりのメッセージを届けなければいけないと、話し合いを持ってきました。

 翼とは、デビュー前から、家に毎日のように泊まって、CDデビューの夢を語り合ってきた仲でした。もちろんうまくいかない時もありましたが、2人で良い景色を見たこともある。青春時代を共に過ごした仲間です。

 しかし、ここで一区切りを付けた方が良いのではないか、との結論に至ったんです。

 そこから、僕ら2人がどういう人生を歩んでいくか、と考えた時に、翼が出した結論が退所、僕は引退して、ジャニーさんの下で勉強をさせてもらうということでした。

 僕はやっぱり……ジャニーズが好きなんですよ。本当に。ジャニーズが好きで、もっと良くしたい。そして、ジャニーさんが思い描いているものを形にしたいという思いが強かった。

 実はうちの会社の人って、みんなセルフプロデュースなんです。コンサートも、全グループが自分の手で作り、それをジャニーさんに見ていただいて、ダメなところを指摘してもらう。だから僕らの中では、プロデュース作業をするのは、とても自然なことなんです。

 その中でも、僕はこれまでジャニーさんと仕事をさせていただく機会が多く、余計にそこへの思いが強かったのだと思います。また、後輩たちと仕事をすることも多かったので、アニキのような気持ちで面倒を見てきた。彼らのために何かをしたかった。そして何より大きかったのは、自分自身で「滝沢歌舞伎」の演出を任されるようになった経験です。そこから、人を扱うことの難しさや大変さ、同時に楽しさ、達成感……そういったものを感じるようになりました。








ジャニーさんとの話し合い

 もちろん「プレーイングマネージャー」の道はありますが、しかし、Jr.といえども、一人の人生。そこに責任を持つからには、僕自身も覚悟を持たなければいけない。これはゲームではないから、本気で挑まなければいけない。そこから出た答えが引退し、プロデュースに専念することでした。華やかな世界だから伝わりづらいかもしれませんが、タレントはみな、人生を削り、ギリギリのところで生きている。それを二つ一緒にやるなんて簡単にはいかないはず。それこそ、自分自身が壊れてしまうし、他人の人生も壊してしまう……そう考えたんです。

 決意を固め、9月の頭にはジャニーさんに相談に行きました。ジャニーさんはビックリしていましたね。戸惑いがあったと思います。

 ただ、僕も頑固な人間なので、一度腹を決めると揺るがない。ジャニーさんの提案といえども、プレーイングマネージャーという道に「イエス」とは言えませんでした。

 最終的には、2人で5〜6時間も話したでしょうか。

 ジャニーさんが、

「滝沢がそこまで覚悟を決めたんなら、わかった。僕も応援する。だけど、本当に大変な仕事だよ」

 と。僕は、

「もちろん想像以上でしょうけれど、覚悟はもう決めていますので」

 と答えました。

 事務所に入って23年、ジャニーさんと接する時間は多かったですが、これほど長時間2人で話すことはなかったですね。

〈プロデューサー・滝沢秀明が誕生した瞬間である。決意の強さは十分にわかるのだが、一方では、ファンの多くからは、もう彼の姿を見られないことに落胆と悲鳴の声が。とりわけ発売その日に完売するプレミアムライブ「滝沢歌舞伎」も幕を閉じるのか。芸能界復帰の可能性はないのだろうか。〉

 ないです。僕はもう、引退です。

 さっきも述べましたが、今は二つやるという、中途半端な立ち位置は取りたくないんです。演者として再び出ることはありえません。

「滝沢歌舞伎」については、松竹さんと話し合いをしなければならないのですが、今までやってきた思いやメッセージは届けていきたい。僕個人としては、演出として関わっていきたいな、という思いがあります。ただ、その場合、演者として出ないので、「滝沢」の名が残ると照れますよね……。続けるかどうかも含めて、これからいろいろな方と相談しながらだと思います。

 ……でも、途中で気が変わって、復帰となったらごめんなさい(笑)。変わることはないと思いますが、いつか、そんなことが……。これはもう、遠い先の話までは断言できないですけど。

(2)へつづく

特集「電撃引退の真意とは…『滝沢秀明』大いに語る」より










この記事へのトラックバックURL
http://mykulala.blog70.fc2.com/tb.php/4251-8fd63b4f
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する